2017年02月06日

「いじめ後遺症」を治療する方法が最近、脚光を浴びていますが・・・

人間の生き方に多大な悪影響を及ぼす
「いじめ後遺症」を治療する方法が最近、脚光を浴びていますが・・・
それは、そう簡単にはいきません。
精神科にかかっても、
幼児期から小、中、高、大学と進んでいくとき、
いじめはエスカレートこそしても、なくなることはありません。
ここで、告白します。
思えば、67歳になっても真面目すぎるほど真面目な私。
こんな優しい父親でも、
小学生のころ、ひとりの生意気な後輩をいじめました。
その後輩を私自身が殴ったのではなく、
私の配下(当時は私は親の威を借る番長みたいなものでした)
の3人組にやらせたのです。
私は後輩を彼らに「殴れ」と言ったことはありません。
配下が勝手に気をまわして、
「俺たちの親分(私のことです)の陰口を言った生意気な野郎を
ぶちのめしてやる!」と息巻いていたのです。
後輩は頭がよく、その後、中学を経て唐津東高校という
地元の名門に入学するのです。
そして彼が高校3年になり、大学入試が始まるころ、
父親がギャンブルに手を出してしまいます。
やがて後輩の家は破産し、先祖代々から伝わる田畑や山林を失い、
郷里の名護屋村から夜逃げしてしまいます。
ついていなかったのでしょう。
後輩が可哀そうでした。
たとえ成績優秀でも、親が破産して夜逃げしたら、もうどうしようもありません。
後輩は真っ暗な夜道をうなだれて海岸の方向へ、とぼとぼ
歩いていきました。
彼がその後どうなったのか、誰も知りません。

当時、幼いと言っても、ちんぴらの真似をしていた
凶暴な「浜の悪の3人組」から廊下に呼びつけられたその後輩は、
最初はきょとんとしていました。
呼びつけられる理由がわからなかったのです。
後輩は、粋がって、強がっていて、態度もふてぶてしく、
ちびのくせに目をむいてきました。
こりゃあ駄目だな、浜の悪がきに叩きのめされるかもしれないな。
私はそう思いました。
その後輩は、まったく謝らないのです。
「なんも悪いことはしとらん」
後輩はただ強がっていたのです。息巻いていました。
すると、背が高く、ぎょろ目で、すぐかっとなるY君が
その後輩を殴りつけました。
生意気だった後輩は、いきなり強烈なパンチを受け、
2,3メートルほど吹っ飛び、廊下の床に叩きつけられました。
血だらけの顔で後輩は私をにらみつけました。
数年前まで、私が彼を可愛がっていたことを思い出しました。

暖かい春休みの、それはうららかな、ある日の午後・・・。
わが家の近くの、日のよく当たる農家の縁側に、
私たちは上級生も下級生もなく仲良く並んで腰かけ、
少年画報や少年サンデーなど分厚い月刊誌を
回し読みしていました。
陽光をたっぷりと浴びながら、漫画を読み終わったら、
私の家のそばの広大な田んぼで、野球をやるのが常でした。
後輩は背は小さかったのですが、運動神経が素晴らしく、
当時の長嶋のようなプレーを見せてはヒーロー気取りでした。
彼が少しぐれてきたのは、それから
だいぶ経ったころです。
父親が酒乱になり、母親と彼に暴力を振るうようになった時期です。
その後輩を、私は勉強を見てやり、弟のように大事にしていました。
ボタンの掛け違いではありません。運命の悪戯でもありません。
なにがそうなったのか?
朱に交われば赤くなる・・・。
この例えだったのかもしれません。
おもえば、50年も昔の良き時代の一コマです。
勿論、後日談はあり、私が東大を目指して猛勉強していたころ、
朝の通学の時間です。
背後から、オートバイがすごい爆音で接近しました。
撥ねられる!と私はたまらず、でこぼこの県道に転がりました。
オートバイの男は、私に近づき、
「このやろ!」と言って平手で殴って来ました。
何が起きたのか、わからず、呆然としていました。
Uターンして戻ったその男は、後輩の父親でした・・・。
私の顔は、はれ上がり、鼻血がだらだら流れ出ました。

やっとのことで、起き上がった時、坂の上から大きな黒い去勢牛が
私めがけて突進してきました。
私は、もう終わりだと思いました。
見上げた真っ青な大空に、大好きな友のばあちゃんや、名護屋のばあちゃん、
そして父母、兄姉の顔が浮かんでは消えていくのです・・・。
後で近くの農家のおばさんから聞いたら、
私は気絶し、仰向けに倒れたそうです。
そうして、突進してきた黒くて大きなその去勢牛は、
私の身体の上を、うまい具合に走り抜けて行ったのでした・・・。
危機一髪。
すんでのところで、私は助かったのでした。
あのバイクの男が私を殴らなかったら、私は牛の角で一突きにされ、
命を落としていたはずです。
今も、故郷に帰ると、その光景を思い出します。
なだらかな畑の斜面の向こうに、
真っ青な空と穏やかな玄界灘、そして箱庭のように小さな島々が浮かび、
おいしい空気が流れていました。




posted by 悪を切る父ちゃん at 10:48| 千葉 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
死ねばよかったのに。
Posted by あ at 2017年03月31日 18:00
優しい人は自分のことを優しいなんて言わないよ。あんたは自分が優しい人間だと思おうとしてるんだ。いじめっ子だった過去から逃れるために。
Posted by 通りすがり at 2017年07月09日 22:32
中身はあの頃から何も変わっていないようだね。いつか、自分の子供にも見透かされるだろう。それは実に愉快なことだと思わないか?(笑)
Posted by お at 2017年07月09日 22:33
悪を切るだと?あんた自身が悪じゃないか。過去を捨て去ることができるとでも?そんなことは不可能だ。
Posted by あ at 2017年07月09日 22:34
あんたはいじめっ子のままだ。
Posted by い at 2017年07月09日 22:35
なんだこのクズは
なんでお前みたいのが生きてるんだ?
自殺して詫びろ
Posted by あ at 2018年02月13日 20:38
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック