2011年10月02日

人生、これからですよ!物忘れがひどくなってませんか?あきらめないで!

厚生労働省が発表した2011年の日本人の
平均寿命は、何歳になったか、ご存知ですか?

女性は86.39歳で世界一。
(すごいですね、世界で一番長い寿命は日本人の女性なんです)
男性は、79.64歳、これまた世界トップクラス。
(女性には少し負けていても、過去最高ですって、すんごいですねえ)

でも、手放しで喜んでいる場合ではありません。
あなたも、ほら、思い当たるふしがあるでしょう?
『えーと、えーと、ほら、なんだっけ、あの人の名前、
 この前、しゃけを持ってきてくれた、あの、ほら、いい人』
『くまさん?』
『ううん、違う、違う。ほら、あの、あごのしゃくれた、いい男』
『思い出せないの?』
『ほら、あのラジオによく出ておしゃべりばかりしていた、あの人…』
『あごのしゃくれたひと?しゃけを持ってきてくれたいい人?え?わかんないねえ』
ヒントはないの?
『そうだ、思い出せそうだ、あの、ほら、有名なんだよ、その人、
歌手のあのえいちゃんとよく似た名字の有名人。ほら、あのよくテレビに出てた
タレントなのか、歌手なのか、違う違う、作詞家、作曲家、そうだ、
脚本家かな?ほら、永久の永と書いて、えいと読む・・・』

『まだ思い出せないの?日が暮れちゃうよ!』

『わかった、永六輔だ』

てな具合で、とりわけ人の名前や、ごく普通の漢字だってすぐに出てこない。
ましてや、今はパソコンばかりで、ふだん、筆やペンを使って字を書いたことがない。 
これじゃ、お釈迦さまでもご存じないね。
何がさ?
おれが、その昔、記憶力の天才だったってこと。
うそ!

誰だって、歳をとると物覚えが悪くなるさ。
記憶力は年を取る速度の何倍かで衰えるのよ。

うそ!

ほんとだってば、ごらんよ。ほら、あの爺さん、同じところをさっきから
ぐるぐる、ぐるぐる回ってばかりだ。

犬じゃあるまいし?

犬に悪いよ!
犬が聞いたら気分を悪くするよ。

そうかい?
だって、日本のお役所、権威ある、あの厚労省が発表した2005年の
データだと、『物忘れが進んでしまい、もうどうしようもないお方』は、
日本中でだよ、いったい何人いると思う?

知らねえよ!そんなこと!知るわけねえだろ?

聞いて驚くなよ!ざっと言って、その数、170万人もいたってよ!

うそだろう!そんなの!日本中、徘徊老人だらけになっちゃうよ!

そう、そのとおり、徘徊老人はどんどん増え続け、もうすぐ、赤ちゃんの数を
追い抜くだろうってさ。さらに驚くな、あれからもう、6年が過ぎただろ?
なので、今や、脳軟化症の予備軍と合わせると、
今年あたり、日本中をさまよう、徘徊老人の数は、350万人を超えてるって!

ええっ?そんなのあり?信じられないよ。うそだろう?はっつあん?

嘘じゃない。厚労省が調べた固いデータだから。

お堅い厚労省のお悪人がでっち上げた?

間違えるな、厚労省のお役人だよ!くまさん。データも、でっちあげるもんか、
厚労省にあるスーパーパソコンがたたき出したお堅い数字だよ!
文句悪化?

悪化じゃないよ、あっかだろ?

うるさいな・・・。
いったい何がいいたいの?

つまり、このスピードで行くと、日本中、津々浦々、どこへ行っても、
徘徊じいちゃん、徘徊ばあちゃんで、あふれかえってしまう!
ってことさ!

ぶったまげた!なんか、そういう映画があったな、『ゾンビだらけのゴーストタウン』

いま、君が作った『題名』だろ?

『当たり―!』

『弓矢じゃねえってんだ!』

もっとまじめにやれ!深刻な話なんだから。そうだろ?くまさん?
何をやっても、忘れてばかりで、仕事も、ちっともうまくいかない。
しょうがねんだよ、思い出せないからさ。
昨日覚えたばかりの新しい仕事も、もう忘れてる。

うそ!

うそなもんか、先も課長に言われた、『歳をとると頭が悪くなるのかなあ?』って、
おれっちに向かって、こう言いやがるんだよ!

課長さんのおっしゃる通りだね、くまさん。
誰だって、歳をとると、へたによわいを重ねるとだな、頭がドンドン悪くなる。
お前さんはだな、さしずめ、その典型だな。くまさん。

なんの典型だって?

いいかい、耳の穴をかっぽじって、よく聞いとくんだよ!
『くまさんは、物忘れのチャンプ!その典型!』

ほめてんのか?馬鹿にしてんのか?おれっちのこと。

ああ、ほめてんだよ。きのうやったことをもう忘れている。それは大変なことだよ。
そのことを覚えているってことが、すごい!

どうしてさ?

ほら、覚えていたことを、忘れたってこと。その状況をはっきりと、
明瞭に、くまさん、あんたは覚えているんだから、すごいんだよ、その年で。

おれっち?いったいいくつになったんだよ?

知るわけねえだろ?おまえさんの歳なんか?

聞いてあきれるなよ。

あきれないよ。あきれないから早くいえよ、いったいいくつになったんだ?
くまさんぼうや?

ぼやぼやしていると、10月3日で、つまりあと10分足らずで、おれっちは、
88歳になるんだぞ!おれっち、八十八歳!なんかくれよ!おめでたいんだろ?

ああ、おめでたいよ、お前さんは、特に、非常に、おめでたい。
何かお祝いしなくては・・・。そこでだ、八十八歳は、何のお祝、するんだったけ?
喜寿米寿白寿、喜寿米寿白寿・・・。

米寿にきまってるよ。

お、くまさん、まだその頭の中は、まだまだ捨てたものじゃないね。どうやら、
さほど老化してないみたいだね?
では、ここで問題。
くまさんよ、
微分積分は、まだわかる?3次関数もすらすら解ける?
イランイラク戦争は?北爆された北ベトナムの首都の名前は?
当時はハノイだったんだ。現在は?ホーチミンさ。ドンの名前を付けやがって。
あごじゃないの?東京を徳川市って言うのと同じだよ?
馬鹿だね?彼らは、歴史の認識ができていない。それほど、アメリカに叩きのめされたんだよ。
北ベトナムは!宗主国でもないアメリカも欲張って、フランスが逃げたあとの
ベトナムに餌を求めて土足で乗り込んできた。
そんなことが許されるわけ、ねえだろ?おっとフランスときたら、アランドロンだよ、
【太陽がいっぱい】という名画、最後は何度見てもジンとくるね。
真っ白いシャツがよく似合う、世紀のイケメン、アランドロンが逮捕されるんだよ!

あ、脱線しちまった。なんの話だったっけ?

ベトナムの話だったね。ベトナムの宗主国は、もちろんフランス。
じゃあ、フランス語の優しい問題をいくつか出そうか?ボンジョルノ?盆曽和、むしゅ!
すごい、すごい、こまんたれぶー!フランス語もぺらぺらなの?じゃ、ドイツ語は?
いっひ、りーべ、でぃひ!
おう!優秀だねえ、で、もっとドイツ語喋ってくれる?
うんこ、ふんばると、でるであでん!だすにひと!つええん!
うわ!なんかトイレに行きたくなってきた。
ドイツ語は大学で、西義之東大教授から
【君は天才か?】と驚嘆された実績があるんだ。ドイツ文学の権威、西義之東大教授と、
私は、日吉の教室で昭和43年4月X日、
ドイツ文学と日本の禅にについて、ある論争を繰り広げた。
ここでは紙幅が足りないので、割愛するが、いずれ、書かなくてはならない。
西先生には、非礼のお詫びを深くしなくてはならない。そういう時代だった。
私が生き抜いた青春時代のシュトルムウントドランクの時代!

これについては、あす、このブログにて展開しようと思う。

くまさん、本当なの?

そんな天才が、なぜ、これほど打ちひしがれてるの?
そこが問題なのさ。
ふーん。
くまさんもだてにやってるんじゃないんだね?
なんのこと?
会社務めだよ。その年で若い奴らと伍して働く能力を保持するなんざ、
いい気風だねえ?
切符?
キップじゃねえ、気風だってこと。いい男って言う意味さ。
じゃ、おれっちのこと、ほめてんだね?
そうともよ、おお、友よ!
【友よ』ってフォークソング、はやったなあ、あのころ。よかったなあ、くまさんよ。
あのころは、よかったなあ・・・。

はっつあん、どうした、泣いてんのか?目がうるんでるよ、思い出したのか、
青春時代を。疾風怒濤の時代だったなあ。
はっつあん、おや、まだ泣いてるの?

ところで、生きててよかっただろ?はっつあん?今度は、おれっちが問題を出すからね。
泣いててもいいんだよ、辛いことを思い出させたのかなあ?
ごめんね、はっつあん。
じゃ、問題をだすよ。答えたくなかったら、【しえー!】って言ってね。
【いやみ】のように。
『にーはお!』って韓国語?違うって?よし!中国語だ。合格。
【つぱしーも】は?ロシア語。OK!
あとイプシロンって知ってる?
ドイツ語だよ。くまさん。
いったい、なにが言いたいんだよ。

怒るなってはっつあん、ねえ、泣かないでよ、はっつあん。

お前の脳年齢を調べてやってんだよ。くまごろう!

あれ?逆になってるよ。
なにが?
主客転倒だよ。くまさんを質問攻めにしてるのは、たしか、わしのほうだったぜよ。

ああ、そうだったかな?もう忘れてしまった・・・。

おれっちの頭の年齢がどうしたって?

そうよ、八十八歳まで生きやがって、そのざまはなんだよ。それでも、九州の天才か?

なんてことをのたまうのさ!おれっちは本当に、優秀だったんだよ。
十五歳のころだ。しかし、俺なんかより、はるかにすごい、超ドラゴン級の
超天才がいた。その人の名前は、吉田丈二氏。もう、他界されてから
数えきれない星霜が過ぎた…。私のひとつ上の学年のこの先輩は、
当時、昭和41年ころ実施された、旺文社の全国模試で、吉田氏はなんと、
第五位の成績をとった!
全校の朝礼で、校長がその成績を公表すると、一瞬ざわめき、それから、長い沈黙が続いた。
この時、この場所にいた、1300人もの唐津東高校の生徒全員が直立不動の姿勢を取った。
最敬礼と言ってもいいくらい、全員が固まった。吉田丈二氏一人を除いて。

ある種の高揚感が私たちを包んでいるのがわかった。
(まぎれもない、並外れた頭脳の超天才がここにいる。
僕らは全員、彼とほぼ同じ境遇だった。
昭和23年から24年にかけて、唐津市近郊に生まれ育った。
吉田氏は、私と同じく、地元の名護屋小学校から名護屋中学校を卒業、
唐津市にある、佐賀県立唐津東高校まで、すべて公立学校に通い、
塾どころか、予備校ひとつ通わず、たった一人で、この金字塔を打ち立てた。
高校は彼に東大医学部を進めたが、(受験すれば、理科Ⅲ類でも、彼の実力からして、
簡単に合格していただろう)彼は、父親の母校、京都大学医学部に首席で合格し、
その附属病院で持病の心臓弁膜症が悪化して、還らぬひととなった。

死ぬほど勉学にいそしんだ、その名も、故吉田丈二さん。

彼は、幼いころから、自分の命が限られているのがわかっていたのかもしれない。
若いのに、達観しているというか、老成していたような気がする。
彼は、勉強の合間に、いつも、はるか遠くを見ていた。玄海灘の先、東シナ海、
アジア大陸を通り越し、北極を抜け、さらにその先の遥か彼方の宇宙を
見ているような、不思議な目をしていた。

氏は、自分が20代で夭折するという難病なら、自分の力で自分の病気を治すしかない。
ある日、宇宙を見上げているうちに、天啓があり、その時、決断したという。
全てを勉学に捧げる。自分が生きている間に、この難病を治療できる研究を
まっとうできれば、これほど嬉しいことはない。
このはなしは、氏が逝去された後、彼の母親が私の母に語っていた。
氏が20数年の生涯を閉じられた日から、20年くらい過ぎたある日、
お盆の時だった。夜の名護屋港の波止場で、【盆船】が何艘も海に放たれた。
私の友人もその年に、碇に刺さって事故死したが、その夜、母に聞いて、
彼の一生のアウトラインが少しわかり、漸く、理解できるのではないかと
おもえるようになった。

当時、まったく同じ空間、同じ高校で、
同じ教室で、同じ教科書と全く同じカリキュラムにまったく同じ先生達に教えを受け、
一人の高校生は、医学賞の最高権威、ノーベル賞を目指し、
京都大学医学部付属病院でその生涯を閉じた。享年24歳だろうか・・・。

合掌。


閑話休題。

    ************


くまさん、あなたは全国模試で何着だったの?

競馬うまじゃるまいし、何着はないだろ?何着は?
小学校、中学校とダントツ一位で、高校ではベスト10に入った。
佐賀県ではナンバー2だった唐津東高校において、まあまあの成績。
家が没落して、大学はあきらめ、高校3年では、一年間、小説を書いて
過ごし、これと言った受験勉強はしなかった。
周りが受けろというので、受験した慶應の経済に1発で合格した。
それだけの話だ。

そうだったの。

まあね。本当は、浪人してでも、予備校に行き、憧れの東大法学部に行きたかった。
政治家を希望していたんだ。

じゃあ、きくが、くまさん。

おれっち、くまさんなんかじゃねえ。太郎冠者だっつうの!

ああ、あのあんこ舐める話の?

あんこじゃねよ!飴玉だよ!

そうだったかな?

その程度の脳年齢でよくぞ東大に行こうと思ったな?

ああ、簡単だと思った。総武線の終点でおりたら、そこが最果ての銚子だから、
なんとか言う駅を降りると、ぷーんといい匂いがしてね。

あ、ぬれせんべいを焼いてる駅だったかな?うまいんだよな、このぬれせんべい、
おばあちゃんが焼き立てを紙袋にふうふう言って入れてくれる、
あの香ばしいおせんべいの焼き立てのにおい!また、少し、焼けた醤油のかおりが
またいいのよ!

そうよ、すぐそこに東大がそびえてるだろ?

あれ、犬吠埼の東大ってんだよ!

わすれてたけど、鹿児島のおばあ、岩崎ミチさんは八十八歳で
健康そのもの、頭の年齢も、お前さんと大違い。
岩崎さんは、脳の実年齢が、なんと30歳くらいだって!
くまさんと大違いだねえ。

すごいね、彼女、いったい何を食べてるの?

『白いあれだって』

『あれじゃわからねえよ』

『気味の悪い白いあれ、ほら魚のはらわたで・・・』

『白子だろ!』

『あたり!』

白子を毎日毎日食べれば、誰でも、どんどん頭がよくなるって話だよ!くまさん。

もうひとつ教えたろか?

もういいよ。

よかあないよ、そんな落ち込んでいるくまさんなんか、見たくもねえ。
いいかい、鬱なんてものは、必ず良くなる!
まず、くよくよしないこと。毎日、勤めて、明るく、外界を大手を振って歩き、
新鮮な空気を胸いっぱい吸い込み、青い魚をたんと食べ、果物や、野菜をたっぷり摂る。
それから、緑の山々、青い海、碧い宇宙を愛でること。
たまには、ピアノに向かい、ジャズを弾き、あるいは、ギターをつま弾いて、かつて親しんだ
フォークソングや歌謡曲でもいい、【おふくろさん】でもいいじゃないか、
田舎の海を思い出す、あの歌、【潮さいの歌】などを口ずさんで休日をのんびりと過ごすこと。
時には、少ない友人と酒を酌み交わし、人生を語れば、
時もまた楽しからずや。

漢詩を、次のように翻訳した文豪がいる・・・。

花に
嵐の
たとえもあるぞ
さよならだけが
人生だ

合掌。





posted by 悪を切る父ちゃん at 23:18| 千葉 ☁| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ある必要があって、吉田丈二氏の事を調べていたら、このプログを見つけた。そうですか!優秀な彼は若くして逝去してたんだ。

実は、私も名護屋小、名護屋中、唐津東高。
彼の近所に住んでいた。

このブログの主がどなたかわからないが、この情報を知らせて下さって感謝している。
Posted by Machael Yam at 2017年09月13日 22:02
Machael Yamさん

松永です。
3年ほど前の私のブログに書いた記事に
コメントを戴きまして有難うございました。
連絡が取れれば、お会いしたいと思います。

松永克樹

>Machael Yamさん
>
>ある必要があって、吉田丈二氏の事を調べていたら、このプログを見つけた。そうですか!優秀な彼は若くして逝去してたんだ。
>
>実は、私も名護屋小、名護屋中、唐津東高。
>彼の近所に住んでいた。
>
>このブログの主がどなたかわからないが、この情報を知らせて下さって感謝している。
Posted by 松永克樹 at 2018年02月25日 10:18


>松永克樹さん
>
>Machael Yamさん
>
>松永です。
>3年ほど前の私のブログに書いた記事に
>コメントを戴きまして有難うございました。
>連絡が取れれば、お会いしたいと思います。
>
>松永克樹
>
>>Machael Yamさん
>>
>>ある必要があって、吉田丈二氏の事を調べていたら、このプログを見つけた。そうですか!優秀な彼は若くして逝去してたんだ。
>>
>>実は、私も名護屋小、名護屋中、唐津東高。
>>彼の近所に住んでいた。
>>
>>このブログの主がどなたかわからないが、この情報を知らせて下さって感謝している。
Posted by 悪を切る父ちゃん at 2018年02月25日 10:20
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