11月26日、日曜日、佐倉の空は晴れ渡り、とてもいい天気です。
でも、いつもと違って、恐ろしいほど風が強いのです。
洗濯ものでも二階のベランダに干そうものなら、強風でたちまち、どこか遠くまで
飛ばされてしまうのではないか?
それほど強い風が吹いていたのです。
私は、めすねこのふうちゃんと、いちゃいちゃしながら、ポテトチップを
貪りながら、コーヒーを啜っていました。新聞も隅から隅まで見たので、
退屈まぎれに居間でテレビを見ることにしたのです。
電源を入れると、画面いっぱいに、男女が抱き合っている場面が拡がりました。
女優の喘ぎ声が大きいので、私はあわててチャンネルを回し、別の番組、
ニュースに変えてみました。
ニュースはつまらなかったので、もとのきわどいチャンネルに戻しました。
いわゆる「昼メロ」、お昼の時間帯に浮気する男女のエロい番組が流れていました。
私は、ついつい、この昼メロに夢中になり、没頭してしまい、つい、
妻に頼まれたことを忘れてしまいました。
実は、私は、テレビの番組に出ている女優とそっくりな、
隣の若くて髪の長い奥さんと顔を合わせる時が、
一番胸がときめく時でした・・・。
いつもは、
家で飼っている猫のふうちゃんと、畳の上で、のんびり、ごろごろして
さぼっていたかったのですが、もう、この昼ドラにはまり込んでしまい、
興奮のるつぼです。
すると、一番いい所(若い男女がベッドの上でもつれ合っているのです1)で
電話がかかってきました。電話のベルは、ずっと鳴り続け、うるさくてたまりません。
切っても切っても、電話は鳴り続けます。
妻からでした。恐ろしいほど、でかい声で、叫ぶのです!
「何度も何度も電話を架けてるのに、いったい、どうして切っちゃうのよ!!!」
私は、はっと我に返りました。
「ベランダに干している洗濯もの、ぜんぶ取り込んで頂戴!!!!!」
受話器から聞こえる妻の声は尋常ではありません。
「あなた、若い女と何してんのよ!」
「・・・・」
開いた口がふさがりませんでした。
妻に言われたとおり、
2階のベランダに上がり、干してあった洗濯物を取り込みに行ったのですが・・・。
いきなり強風が吹き、細身の私は風に飛ばされそうになりました。
それくらい、恐ろしいほどの強風が吹いたのです。
そのうち、大風におあられ、干してあった分厚い毛布2枚と
妻の下着やシャツなどが、
あっという間に、隣の家の広い芝生の庭に舞い落ちてしまいました。
隣の大きな家には、平日でも、若い男が庭でゴルフの練習をしているのですが、
今日は何故か、家にいません。この若い男が、どういうわけか、広い庭と豪邸の
持ち主、旦那なのです。美しい妻と一生食べていける資産の持つ主、両手に花で
何の宇マンもない。まったく、羨ましい限りですが・・・。
それはさておき、今日は、なにか、私にとって、とても嬉しいことが起きるような、
そんな不思議な予感がしてきました。
しばらく、それが何かは、わかりませんでした。
豪邸に若い旦那が留守なのであれば、思い切って、フェンスを乗り越え、
なんとか庭に入れそうです。
庭にそっと忍び込み、そして、風に吹き飛ばされた妻の下着や毛布を
拾い集めて、フェンスを乗り越え、自宅に帰ってくれば、それで、すべてが片付く。
また自宅に戻って、さっきの「昼メロ」の続きを見ることが出来る。
そう思うと、なんだか、胸がどきどきしてきました。
急いで階下に降りて、サンダルを履き、隣の庭に向かいました。
フェンスも前で私は立ち往生しました。
というのは、隣とうちの境界のフェンスは、かなり高く、私の不自由な足では
とても乗り越えられません。
仕方がないので、妻の下着や毛布など拾ってくるのを諦めようかと思いましいた。
そして、しかたなく、隣の庭に落ちたままの妻の下着や毛布を見やっていました。
もう、諦めようと思ったのです。玄関から堂々と入れるようなことではありません。
「すみません、うちのかみさんの下着を取りに来ました・・・」
なんて口が裂けても言えません。
そう思い、踝を返した時です。
背後から聞き覚えのある女性の声がしました。
「あら、どうかされましたの?xxさん」
声のほうを振り向くと、はっと驚くほど美しい女性が微笑んで私を見つめていました。
真っ赤なスーツに白いロングコートを羽織った女性が、フェンスのそばに立っているのです。
どうやら、先ほど、外出先から帰宅されたばかりのようでした。
私は、少しの間、彼女が誰だったか、わかりませんでした。
でも、真っ赤なツーピースと白いロングコート、そして、品のいい、形のいい赤い唇を見て、
はっと思い出しました。
彼女は、数年前の凍えるような大雪の夜、震える足でよろよろしながら、
バスから降りる私をそっと支えてくれた隣の家の奥さんでした。
幅の広い国道を超える時も、足腰の弱い私が足を滑らせるのではないか、
凍結した道路に出来た固い轍に足を取られて、転倒し、今にも車に引かれそうに
よたよたと必死に歩いていた私。
そんな私をずっと心配して後ろを何度も振り返っていた彼女。
粉雪の舞う夜更けに、とても心優しく、暖かいけれどしっとりとした手を差し伸べてくれました。
その時の彼女の手のひら指の柔らかく、あたたかい感触は、今でも忘れられません。
雪が降りしきる国道を、彼女は私の手を引いて、安全な場所まで連れて行ってくれました・・・。
何年か経った頃、近所の人から聞いたのですが、彼女は、離婚し、
二人の小さな女の子を連れて、その家を出たそうです。
その話を聞いて、私はショックでした。
あの優しさは、一生、忘れられない。
もう一度、お会いして、お礼を言いたい。
その一心です。
何の下心もありません。
ただ、あの人に逢いたい・・・。純愛だと思います。ただ、手を握り合い、助けてくれた若く
美しい人妻・・・。
まるで小説のような話。
その彼女が、真っ白いコートに身を包み、私の家と隣の家の境界に立っていたのです。
夢ではないか?
私は、とても信じられませんでした。
「あの時の〇〇さんじゃありません?」と白いコートの彼女に訪ねた私。
あたしの声は小刻みに震え、心臓は破れそうです。
どのくらい時間がたったのでしょう。
一抱えもあるような大木でも、一気になぎ倒されるような暴風が吹き始め、
私の家の毛布を空高く運んで行ったのです。妻の下着はどこにもありません。
驚いた私は、思わず、振り返りました。
しかし、なぜか、彼女の姿はそこにはありませんでした・・・。
風となって私の前から去って行かれたのかも知れません。
彼女とは、もう二度と会えない。
とても
悲しい話です・・・。