2015年03月30日

マドンナ(聖母)たちのララバイを歌い上げる岩崎宏美に乾杯

『マドンナ(聖母)たちのララバイ』を歌い上げる岩崎宏美に乾杯。
この歌を聴いた僕らは、
なんだか、いっぱしのヒーローになったようで、
ごく普通の人生なのに、毎日働いて妻子を養うことが
とてもかっこよくて、生きることに
とても気合が入った・・・。
そして
『冬のリヴィエラ』を歌えと言えと言われて、
ふと、とまどった森進一。
演歌ばかり歌っていた彼は、この歌を境に、バラードからジャズまで
本当は何でもこなせる能力豊かなエンタテイナーと言う前身が
明るみになった。
彼は、演歌のスターになる前に
下積みが長く、吉祥寺のある店で
なんとカンツオーネを朗々と歌って生計を立てていたのだった・・・


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『あなた』を歌った小坂明子が輝いていた昭和48年

『あなた』を歌った小坂明子が輝いていた昭和48年頃
猫の額に小さな家を建てようと、必死になって働き続けたお父さんたちが
全国にいましたねえ・・・ 
みんな、どんなに小さくてもいいから、とにかく
自分の家が欲しくて頑張ったのです。
そんなお父さんたちが大勢いたのです・・・
いいじゃないですか
それこそ
幸せの1ページだったのではありませんか?
小坂明子の歌い上げた
庶民の夢、小さな赤い屋根の家・・・緑の芝生・・・
走り回る子犬たち・・・
そんなのでいいのです。
謙虚になれば、
誰だって、
小さな小さな幸せを、しっかりと手に入れられるのです。
ちょっぴり
嬉しい。

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『瀬戸の花嫁』の小柳ルミコ、『ひとりじゃないの』の天地真理を覚えてますか?

『草原の輝き』のアグネス・チャンはブレークしたのが
確か昭和48年頃だったと思う
『卒業』の菊池桃子がフットライトを浴びたのは、
もう60年になっていた
みんな
よかったね
若くて
純粋で、悲しかった
そして華々しくデビューしてきた
『わたしの彼は左きき』の麻丘めぐみ!
たしか48年だった?
中森明菜がセカンドラブを歌う・・・57年
よかったね・・・
でも
『シクラメンのかほり』を歌う布施明の抒情には
誰もかなわない・・・
それは昭和50年頃の話だ・・・
歳をとったね
あなたも
私も



posted by 悪を切る父ちゃん at 22:13| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

『瀬戸の花嫁』の小柳ルミコ、『ひとりじゃないの』の天地真理

『草原の輝き』のアグネス・チャンはブレークしたのが
確か昭和48年頃だったと思う
『卒業』の菊池桃子がフットライトを浴びたのは、
もう60年になっていた
みんな
よかったね
若くて
純粋で
そして
『わたしの彼は左きき』の麻丘めぐみも48年デビューだったっけ?
中森明菜がセカンドラブを歌う・・・57年
よかったね・・・
でも
『シクラメンのかほり』を歌う布施明の抒情には
誰もかなわない・・・
それは昭和50年ころの話だった


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イーグルスのホテルカリフォルニア、ABBAのダンシングクイーン・・・

イーグルスのホテルカリフォルニア、ABBAのダンシング・クイーン・・・
みんな
昭和51年に
爆発的にヒットしたんだ・・・
俺が
悲嘆のどん底にいたころ・・・昭和48年だ
カーペンターズは
イエスタディ・ワンスモアを上品には口ずさんでいた・・・

サイモンとガーファンクルは
サウンドオブサイレンスで
昭和40年の頃の僕らを
酷く泣かせてしまった・・・これほどまでに静かにうたえるのか・・・

でもやはり
風邪に吹かれてのボブ・ディランか
心の愛のスティービーワンダーか・・・
思い出すたびに
頬を涙が伝うのは・・・
それにしても
愛の歌を歌わせれば、
オネスティのビリージョエルにはかなわない・・・
posted by 悪を切る父ちゃん at 21:58| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

『翼の折れたエンジェル』を歌う中村あゆみを見て

『翼の折れたエンジェル』を歌う中村あゆみの歌う姿を見て
ああ、こんなきれいな人がいるんだ・・・
思わず絶句してしまいました・・・
歌の中身が
また
彼女にぴったり合っていて
中村あゆみ!
また輝くトップスターとして、出てきておくれ!!
これは
絶叫です。
哀しいほどに
歳も考えずに
惚れてしまった馬鹿な男の木漏れ日の歌・・・なんて言っても
誰も
振り向いても・・・くれない
当たり前だよ
人生なんて
思い通りになるわけがない
とんとん拍子にうまくいく人
何をやっても
すべてどん底に落ちてしまう人
その差は
生まれる前から
決まっている・・・そんなこと、誰でも知ってるけど
いちいち考えても
仕方がない
今を
きちっと生きていくほかない。
誰にも迷惑を掛けず、
誰にも被害を与えず、
誰にも
振り向かれぬのっぺらぼう・・・
そんな男で死んだっていいじゃない
彼だけが悲しむわけじゃない。
誰かは
きっと
ひっそりとしたあなたの死を悲しんで、
人知れず、そっと涙を落とすこともあります・・・
posted by 悪を切る父ちゃん at 21:42| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2015年03月21日

元寇と松浦党と「江戸の天文学」

江戸時代は、一般の庶民の家には時計なんて高価なものなんか、なかったはずなのに、
どうして時間がわかったのでしょう?
大名や、豪商などは、当時でも相当値の張る時計を保有していたそうです。
しかし、江戸時代にですよ、庶民の手にはとても手の届かない高価な時計を、
盗賊、鼠小僧でもない限り、千両箱ほどの大金を庶民が払えるわけがない。
そんな大金を一生かかっても稼ぐことのない愛する江戸庶民は、
いったいどのようにして時間がわかったのでしょうか?
その疑問は、誰もが持っていたはずです。
幼少から、映画やテレビを見て、お寺の鐘が鳴るたびに、今三つ時とか、八つ時なんて
侍や岡っ引き達でなくても、一般の人、例えば、魚屋、八百屋、酒屋、呉服商・・・
誰もがお寺の鳴らす鐘の音で時間がわかったことは、薄々知っていました。
しかし、では、お寺(お坊さん)はどうして時間がわかったのでしょうか?
ここで質問です。
晴れた日中は、お寺の持つ日時計で時間がわかりますが、
雨の日、雪の日、そして夜は、どうして時間が類推できるのでしょう?
難しい質問ですね。では、空港父ちゃんが、その難問を解きます。
これが正解です!
↓    ↓
お寺で、お香を焚いて、時間を図った。
お香は、火をつけると、正確に燃えてゆき、「お香で時間を計る機械」なんていう
すごい装置を考え付いた天才日本人がいたのです。
なんでも、超小型迷路のようなものを四角く作り、その溝の中にお香を敷き詰め、
最初にマッチで火をつけ、お香が正確に時間を刻んでいくのです。
すごいですね。
お香の燃えていく時間が正確なら、時間も正確に測ることが出来る、という数学、物理学、
化学、そして機械工学の知識をすべてマスターした天才が、江戸時代に存在していたということ!
空港父ちゃんこと、私は、こう考えました。
その天才日本人の思いつきは、江戸時代に突入する以前、すなわち、鎌倉時代には、
もう既にその萌芽があったはずです。
以下、空港父ちゃんの小説のストーリーの一部です。
↓        ↓
1200年代の後半、ユーラシア大陸の大半を占領した、あの恐ろしいモンゴルの大軍が、
日本を襲撃し、従属させようと企てていました。
そうして、大軍を擁した元軍の怒涛のような襲撃。
戦争と言うより、ナチスにも似た、日本民族を殲滅するというホロコーストがモンゴルの考えです。
まともに戦っては、絶対に勝てる相手ではありません。
第1回目の襲撃で、壱岐、対馬の日本人は、元の大軍に略奪され、家族ともども殺戮され、
女性は凌辱されるなど、日本民族の誇りもなにもありません。
日本の壱岐対馬は、すべて完膚なきまでに、モンゴルに蹂躙されたのです。
そうして、いよいよモンゴルの大軍が日本本土、北九州に上陸しようとしたその時、
超大型台風が忽然と現れ、元の軍船4、5千隻を襲い、一挙に席巻し、海の藻屑にしてしまうのです。
わずかに生き残った元の軍船の一部は、やっとの思いで母国へ引き返したのですが、
皇帝に何と言って申し開きをしたのでしょう?
なぜ、そういう奇跡の「神風」が2度も日本を助けたのでしょう?
この疑問を
空港父ちゃんは、仮説を立てて、説明します。
仮説は、以下の通りです。
鎌倉時代に、天文学の天才となる運命の子が北九州の唐津に産み落とされました。
7歳になった時、彼は、1回目の元寇で家族を惨殺され、天涯孤独になってしまいます。
その彼の命を救い、育てたのが、東シナ海の帝王、松浦党の党首、松永世界の介源衛門でした。
その子は、かっちゃんと呼ばれ、誰からも愛される優しい男の子でした。
棟梁中の棟梁、源右衛門は、数十万の配下を傘下に持つ松浦党の党首でした。
その昔は、御朱印船の警護を任せられる海軍の首領で、朝廷は彼らのパワーを頼りにしていました。
しかし、1200年の前半、全国を襲った寒波による飢饉のため、
資金に窮した朝廷は、ある巨僧の悪巧みに乗って、松浦党に支払うべき約束の金貨を
没収してしまいました。
この事件が切っ掛けとなり、松浦党は、朝廷の海上警備の要請を拒否する作戦にでたのです。
このため、松浦党は、朝廷警護の錦の御旗を剥ぎ取られ、一挙に朝敵に成り下がっていくのです。
凶暴な中国人海賊を相手に、文字通り、命を懸けて東シナ海の警備を一手に引き受けていた、
かつての栄光の松浦党。
今や、裏切られた朝廷の手先のため、数万人の食糧の購入費用として宛てにしていた大金を失い、
一石の五穀も買えなくなってしまうのです。
リアス式の入り江が多く漁業にはいいが、耕地の極端に少ない松浦半島は、
一旦、大旱魃が起きると、飢饉の対策も思うように出来ず、みすみす餓死者の山を築いてしまいます。
もはや、きれいごとでは済まされません。こうして、松浦党は、過去の栄光をかなぐり捨て、
朝敵、逆賊の道を進んでいくのです。数万の民を守るため、已むを得ず、海賊と成り下がるのです。
このように分析していくと、何故、東松浦半島、松浦地方の守護神だった松浦党が、
八幡様を船の舳先に掲げ、
【海賊八幡船】として恐れられるようになったか、少しはお分かりになられたかと思います。
如何せん資料も少なく、相当の部分で想像力の産物ではありますが、
毀誉褒貶の激しい、松浦党の評価に、どうしても、一石、投じたく、小生の駄作のあらすじを
ここに公表した次第です。幾許かの説得力はあるかも知れません。
閑話休題。
天才かっちゃんは、いったい、どうやって、超大型台風が北九州を襲ってくる日を推測したのでしょうか?
大津波や巨大地震など、何時、どこで発生するのか、科学がこれだけ進んだ21世紀の現代でさえも
誰も明確に答えられない難問が存在しています。
では、どうして鎌倉時代に、日食や月食が地球上に定期的に出現することを、
正確に予測できるようになったのでしょう?
誰が、どこで、何の道具を使って、この難問を解いたのでしょうか?
ここで、空港父ちゃんの推理が働きます。
鎌倉時代のある日の晴れ渡った日のことです。
幼馴染のマルコと唐津の浜辺で戯れていた天才かっちゃんは、波打ち際で、偶然、夕日に輝く、
赤く美しい表紙の、1冊の本を見つけました。
それは、欧州から南米の最南端を超え、太平洋を渡った、冒険家、XXX氏の書いた、
詳細な天文学の本だったのです。
天才かっちゃんは、その本が、膠のようなもので、何重にも防水が施されているため、
殆ど原状を保っていたのだと理解しました。
かっちゃんは、その本を秘密の洞窟に持ち込み、マルコと二人で解読を開始するのです。
え?それは、ポルトガル語か、スペイン語のはずでしょう!
どうやって日本語に翻訳できたの?
ここで、空港父ちゃんの創作です。
マルコは、実は、日本人ではなく、鎌倉時代、唐津の海岸に漂着した難破船の船長と
唐津生まれの女との間に生まれた混血児だったのです。
金髪で碧い眼のマルコは、行く末を心配した松浦党の党首の養女になり、そうして一命を取り留めます。
松浦党の一員だったかっちゃんとマルコは、7歳になるまで、一緒に育てられました。
しかし、マルコは、再び欧州から日本へ渡航してきたその船長にポルトガルに連れて行かれ、
かっちゃんとマルコは、離ればなれになるのです。
どうです、創造力がどんどん広がって行き、止まらなくなってしまいました。
続く。
ここで、読者の皆さんはお分かりですね。
ポルトガルから舞い戻ったマルコは、かっちゃんが拾った本を日本語へ翻訳するのです。
もともと天才児だったかっちゃんは、その天文学の本を理解し、
なぜ、元の大軍が巨大台風『神風」に遭遇し全滅してしまったのか?
その理由が、はっきりとわかったのです。
元は、地球規模の天文学者が1人もいなかった。
しかし、わが日本、九州の唐津には天才の天文学者が出現していた。
天才かっちゃんは、2度目の元の襲撃の日を、
彼が予測した超大型台風が玄海灘を襲う日(=奇跡の日)に合わせることに苦心しました。
その日は、元の大軍が唐津沖に登場する日から、ひと月も先だった。
彼の計算が間違いなければ、北航路から博多沖に先に到着し、そこで
南航路から合流してくるはずの元の大軍の軍船団を、ひたすら、待つしかなかった。
皆さん、わかりましたね。
かっちゃんの予測日と元の合流日が偶然に一致したのです。
神のいたずらか?いいえ、計算式が若干違っていたのです。
7年の間をおいて、再び怒涛のごとく日本を襲ってきた元の大軍。
元の致命傷は、高麗経由で攻めてきた北軍が、
アンナン方面から侵攻して来る南軍の船団が到着するまで、
およそひと月の間、博多沖でただじっと待つしかなかったことにあるのです。
では、なぜ、さきに北軍だけで日本を攻めてこなかったのか?
その理由は、こうです。
一度目に日本を甘く見て攻めてきた元軍は、
【日本の武将が以外にも強く、しかも優秀な軍団であることを知っていため、
総勢力が半分の元軍の力では、(元=海軍力)は陸軍(=日本)の4分の一にも及ばない】
ことを参謀本部は考えていたのでしょう。
従って、ひと月も先に来て、戦闘もせず、かえって、夜半に潜って襲ってくる唐津・松浦党の
海軍力に悩まされて、ほとんどの兵が消耗しきっていたのが、敗因の原因ではなかったか?
元の軍団の間には疫病、伝染病も蔓延、寝不足から体力消耗、一隻一席沈没していく恐怖等々、
あてがわれた女郎たちにも飽き飽きし、梅毒、淋病を移され、もう戦争どころではなかったのではないか?

閑話休題。
印籠時計もあったようです。
また書きます。
乞う、ご期待!

posted by 悪を切る父ちゃん at 15:56| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

東大駒場駅前から5分の所で、広大な庭に囲まれている豪邸の主をご存知ですか?少し変わっているのです、その人。

井の頭線、東大駒場駅前から5分の所で、
周囲は、鬱蒼と茂っ住宅街。
そのあたりに、とりわけ広大な庭に囲まれていて、しかも3階建ての、見るからに豪邸があります。
その館の主をご存知ですか?その御仁、実は、少し変わっているのです、その人、人間とは
とても思えないのです。
ああ、
でも
もう
時間が
ありません。この辺でお暇しますね。
また今度、ゆっくりとお会いしましょう。
posted by 悪を切る父ちゃん at 13:04| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

新垣隆(にいがきたかし)さんという、あの有名なゴーストライターがテレビに出てきたが・・・

新垣隆(にいがきたかし)という、あの有名なゴーストライターがテレビに出てきたが・・・
お笑いですね。
ゴーストライターは、幽霊なので、
実際に人の目の前(テレビカメラの前)に現れては、可笑しいでしょう!
そういう私も、色んな人から、何故か、
「あなたって、とてもおかしい」って言われるのですが・・・
そうして
「でも、とても面白い方!」なんておだてられるのです。
今日も、なにかそわそわしているのですが。
とってもいい日和で、ようやく待ちに待った春が来て、
選抜野球も100年目を迎えて、楽しみが増えて、なんだか困りますねえ・・・。
楽しい気分でピクニックにでも行って、野山を歩き廻ろうかなあって思いますね。
如何ですか?
あなたも街に出てみませんか?
変な人が大勢徘徊していますよ!!


posted by 悪を切る父ちゃん at 12:56| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

都心の某有名私立女子大学の卒業式に集まる美女軍団

都心の某有名私立女子大学の卒業式に集まる美女軍団に
囲まれて、怖くなった小心者の私は、電信柱の陰に隠れ、ようやく
難を逃れることができました。
私は佐倉の田舎から、はるばる東京都心の名だたる文教地区、文京区、
そこに本拠を構える会社まで通勤しているのですが、
この女子大卒業式に遭遇したのは、65年の人生で初めての経験でした。
勤務先は、東大その他超一流大学に囲まれていて、環境抜群、
それはそれは上品、いや、気品溢れる都会です。
そのとても静かでこの上なく閑静な住宅街に、突如現れた袴姿の大軍。
けばけばしいほどの、しかし艶やかすぎる厚化粧と着物をまとった下品な軍団に、
午前9時前後の都心の道路は占領されたのです。
よく見ると、彼女たちは、ただ親の金を湯水のようにかけただけの
低能な団体であったのです。
その女子学生の軍団の顔もきれいとは、とても言えない。
この光景を見て、日本の現状をはかないではおれなくなりました。
なぜに、これほどダサイ情景が東京にあるのでしょうか?
悲憤慷慨。
posted by 悪を切る父ちゃん at 12:11| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする