2011年06月30日

FX投資の世界では、なぜ、『うそ』がまかりとおるのでしょうか?

FX投資の世界では、

なぜ、『うそ』がまかりとおるのでしょうか?

以下、

ご覧ください。

http://123direct.info/tracking/af/208790/SdLSJ4El/



http://123direct.info/tracking/af/208790/SdLSJ4El/

posted by 悪を切る父ちゃん at 13:57| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年06月27日

あまりにもえげつない民主党のやり方。自民党から一本釣りで自民党の議席を減らし民主党は増加となるが・・・

あまりにもえげつない民主党のやり方に

国民から

ため息がもれる。

管総理のやり方だからやむを得ない?

冗談ではない。

政務官のポストを用意するから、自民党から民主党へ鞍替えしませんか?

こんな甘い声で、つまり一本釣りで参議院自民党の議席を減らし、

逆に参議院民主党はぷらす1議席の増加となるが・・・。

あまりにもえげつない方法に

自民党のみならず、

国民の間からも

ブーイングの嵐だ。

もうすこし自分の党の人材を活用してはどうよ?

民主党管総理殿?

posted by 悪を切る父ちゃん at 16:20| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年06月25日

レディ・ガガさんとは?3億円も被災地に寄付し日本をこよなく愛してやまない世界一のアイドルらしい。

レディ・ガガさんとは?

つい先日

私の勤務先の成田空港に

あのレディ・ガガさんが姿を見せた。

黒山のファンのひとだかりと

無数の報道陣?

なんといっても、ガガさん、3億円もポーンと日本の被災地に寄付し、

日本をこよなく愛してやまない世界一のアイドルなのです。

思わず

携帯カメラの

シャッターを切ったものの、

写っていたのは、

カメラマンや報道陣の頭、頭、頭・・・・。

posted by 悪を切る父ちゃん at 04:56| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

小笠原、ついに世界遺産に登録!

小笠原、ついに世界遺産に登録!

パリで開催されているユネスコの

世界遺産委員会で

あの小笠原諸島が

世界遺産に登録を決定された。

小笠原は、大陸とはただの一度も地続きになっていない。

そのため、

小笠原にしか住めない動物や棲息しない虫などありとあらゆる

鳥類、哺乳類、両生類、魚類をも含めて、小笠原独特の生き物の世界を

ごく自然に保護し、長期にわたりそれを構築してきた

まさに自然の宝庫で、それら地球には数少ない進化を遂げてきた動植物が無数にいて、

世界遺産にならないほうがおかしかった。

ほっと胸をなでおろした御仁も多かったのでは?

ともかくよかった。

小笠原諸島の生物たち、

おめでとう、これからは

未来永劫

その命

大切に保護されることを

期待いたします。

なんだか

天皇陛下のような言葉がでてしまった。

厳かなる光景ということだろうか?

宇宙から見た小笠原の海は

限りなく透明に近いブルーだった・・・。






posted by 悪を切る父ちゃん at 04:48| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年06月24日

世界自然遺産に登録なるか?小笠原諸島。今夜発表。

たまにはいいこともあります。

人間、辛く悲しいことばかりでは、とてもじゃないが、生きていけません。

ところで、久しぶりにいい話。

あのユネスコが推薦した、わが東京都の小笠原諸島の世界自然遺産登録。

いよいよ、

今夜発表です。

私も行ってみたくなりました、小笠原諸島の父島他へ。

この小笠原初頭、あの世界自然遺産に登録されるようです。

そろそろ発表のじかんですが。

運命の時。

でも、屋久島の例がある。

世界遺産に登録されると、有名になり、そのため観光客が激増し、せっかくの自然遺産が

踏み荒らされてしまった。

二の舞にならないように、願うしかない。

素晴らしい海の青。

素晴らしい小笠原の島々の緑。

上空から小笠原諸島を俯瞰すると、いかに日本という国は美しい国か。

心にしみるほど美しい日本の景観。

宇宙から俯瞰すると、我が日本列島の美しさが、しみじみとわかる。

それが、原発事故でズタズタに引き裂かれようとしている現実。

なんということか?

これほどまでに、悲しいくらいに美しい国、日本の国土を。

欲望のため、ぼろぼろにしてしまうという愚かな日本人がいるという事実。

その過ちは、絶対にストップしなければならない。

この国、わが祖国、わが日本。

大切にしよう。

命を賭けても守っていこう、この国、祖先からの贈り物、素晴らしい日本の

大自然を。

いかがですか?

posted by 悪を切る父ちゃん at 21:29| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

小笠原は世界遺産に指定されたのか?一度も大陸とつながらなかった島、小笠原・・・。

小笠原諸島は、

世界遺産に指定されたのだろうか?

有史以来、かつてただの一度も大陸とつながらなかった島と言われる、小笠原諸島・・・。

思い立って

そこまで

旅しようかと

私は

想像に耽る・・・。

しかし、

一週間に一度しか

連絡がない。

一度

乗り遅れてしまうと、

半月ほどは

帰ってこれない、極限に近い島なのだから。

なおさら

行ってみたくなった・

そうして、

そこで

たった一人で

ずっと暮らし続けることができたら

どんなに素晴らしいことか?

想像しただけで

ワクワクしてきた。

ラスベガスへ行くより

ずっと

大変なことは

わかっているが・・・。

posted by 悪を切る父ちゃん at 16:08| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年06月21日

脱原発!

東電福島原発の事故を受けて

ルポライターの鎌田四夜

音楽家の

坂本龍一氏らが発起人となり

政府に

『脱原発』への政策転換を求める

1000万人の署名運動が始まった。

9月19日には

東京の明治公園で

5万人を集め、

『 原発にさようなら集会!』を開催する予定だという。

呼びかけ人は、

ほかに

大江健三郎氏、 澤地久枝氏、瀬戸内寂聴氏、

原水禁でつくる実行委員会などが支えて、

署名を

来年2月までに集めて

衆参議長と

首相に
提出する計画という。

あなたも

いっしょに

署名して

この国を

変えましょう!




posted by 悪を切る父ちゃん at 20:23| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

それはとてもつらく、この上なく悲しい初恋だった

それはとてもつらく、この上なく悲しい初恋だった・・・。

あれから50年も過ぎたのに、

なぜかふっと思い出す。

そのたびに、自分を責める自分に気がつき、

耐えられないような痛みを胸に覚える。

痛むのは

私の心だけだろうか?

そんなはずはない。

彼女にとって、

その体験は

間違いなく

『彼女の、嵐が丘』だったのだ。

それを思う時、心の奥に巣食うもやもや感で、きゅんと胸が痛む・・・。

  
    *******


おぎゃあ、と生まれてもう60年が過ぎ、61年目になってしまった。

ついこの間のことだ。

大好きな母に手を引かれて、自宅からわずか5メートル。

そこが小学校の入口だった。

日本広しと言えども、自宅の庭が自分の通う学校の校庭だなんて、

誰が想像できよう。

自宅だって、(校長住宅とはいっても)目の前に学校があるのだ。

始業の鐘が鳴る・・・。

キンコン
カンコン
キンコン
カンコン・・・

この鐘が鳴ってから私はランドセルを背負う。

お袋が用意してくれた握り飯を口いっぱい頬張って

ズックに足を突っ込む。

まだ鐘は鳴り止まない。

あと2,3分はある。

小用のため、便所へ行く。

まだ1分は残っている。

『行ってきます!』

母にそう言うと、私は鐘の音を聞きながら、走りだす。

2,3歩ダッシュすると、もう学校の廊下の中だ。

私たち1年生は、入ってすぐそばの教室なので、

自宅を飛び出して、教室に入り、自分の椅子に着席するまで、2分もかからない。

動作に無駄がなければ、1分を切る。

これがいけなかった。

私はと言えば、生来、とてもまじめな少年だったのに、

このおいしい事態、おいしい状況を味わったがために、私は、

とんでもない怠け者に変わり果ててしまう。

つまり、目の前が学校なので、ぎりぎりまで寝床にいて、目覚ましがなってから

飛び出しても学校に間に合ったのだ。

どんなことがあっても、自宅の目の前が学校なので、いつもスレスレに学校へ滑り込むことができる。

そのため、他の同級生に比べて睡眠時間がとても長いのだ。

それも驚くほど。

この小学校に一番遠い子は、七山村でも標高の高い、

『笛の岳』と呼ばれる急峻な山の裏手にあり、

どんなに近道をしても、自宅から学校まで、2時間はかかる。

隣村の小学校が少しは近いのに、七山村に住んでいるため、通学に決まった学校はここしかなく、

往復4時間もかかるのだった。

兄も姉もみんな文句も言わず通い続けたのだから偉いとしか言いようがない。

しかも、兄姉達は、みんな皆勤賞をもらったのだから恐れ入る。

遠いからこそ、この一族は、意地でも学校に早く来る。

なんでも、(えたひにん)?だったと言う噂が飛び交っているので、彼らとは、

『村の掟』もあり、だれも仲良くすることはない。

彼ら笛の岳一族が、石を投げられたり、火を点けられたりという、残酷な差別を

されている訳ではないが、

私達とは全然違う世界の住人に見えた。

まず、毎日往復4時間もかけて6年間の長きにわたり、それこそ、

雨の日も風の日も、猛吹雪の日も、一日も欠かさず、学校に居い続ける、

その根性は素晴らしかった。

誰にも決して真似できない。



  もとに戻ろう。

スリルがありすぎて、慣れっこになるのが一番まずいのだ。

わたしは、

毎日学校へ滑り込む。このスリル!

この快感がたまらない。

スリル満点なのだ。

もし、前夜に滝のような大雨が降り、運動場=自宅の庭がぬかるんでいても、

泥んこになりながら、学校の入口に滑り込めば、セーフ。

ひやひや、ドキドキ・

毎日がこれだ。

これ以上、学校に近い小学生はこの世にはいない。

変な自慢が出来る。

おそらく、これほど学校と自宅が近い小学生は、(私の姉を除いて)

日本中でいや世界中で私一人だろう。ギネスものかも?

  今思えば、この状況が、私をとてつもなくひどいなまけものにしたのだろう。

例えば寝坊する。

しかし、家族の誰かが私を叩き起こす。

本当に力いっぱい叩かれるので、

私は、『なんばするとね!』と大声を上げて、喚いて泣いて、怒って、そして

やむを得ないから、起き上がる。

怖いオヤジに見つかる前に、そっと布団から抜け出す。

なので、私はまず、遅刻することがない。

万一、始業時間に遅れても、先生が私を遅刻扱いにはしない。

それは、

私の父が、この小学校の校長だからだ。

1分や2分遅れても、それで杓子定規に私を遅刻扱いにはしない。

これは、校長の御曹司!たる私だけの特権だった。

しかし、このことが、(特権を持つ校長の子たる私が自由自在に振る舞い、そういう私を

怒鳴りつける先生がいないので、私はさらに増長する)当然のことながら、

村の連中の反感を買い、それが日毎にたまっていく。

やがて

小心で読書好きで、想像力豊かだったはずの私は、あろうことか、

村の悪童共のリンチの標的にされてしまうのだ・・・。

恐ろしいこと。

なんて恐ろしいこと。

想像してごらん。

今まで遊び仲間で、七山村のことをいろいろ教えてくれたり、

滝を見せに私を連れて行ってくれたり、箱ゾリに載せて急坂を無スピードで滑り降りたり、

手作りの孟宗竹のスキー板に乗せて直滑降を教えてくれたり、

果物を腹いっぱい食わせたり、川に行って魚取りを教えてくれたり、

数え上げればきりがない。

それほどまでに

よその漁村から転入してきた私を優しく迎えてくれた大勢の友達が

豹変し、村の掟として

たったひとりの私をみんなで取り囲んでリンチする・・・。

私は、考えただけで気が狂いそうだった。



そうして、事実、私は気が触れてしまうのだ。


そうなる前に、私は、この素晴らしい七山村から1日も早く逃亡しなくてはならなかった・・・。

    ***

その頃の私は、毎晩のように夢を見た。

ある日、私が可愛がっていた裏庭の古い池に飼われていた数疋の鯉が、

無残にも腹を割かれ、でハートの形をした池を鮮血で染めていた。

『ワア!』

と思わず大声を挙げた私の枕元に

地の滴る出刃包丁が

畳に

突き刺さっていた。


こんな夢はしょっちゅうだった。

次第に寝不足になり、神経衰弱になって、おかしくなってしまう。

これがもとで、私は確実に心を病むようになったのだ。



毎日が

苦しかった。

毎晩眠れず、辛くて、そうして

とても

悲しかった。

この世界からき消えること、消えてしまうこと。

そればかりを考え続けていた。



ある夜、そのストレスに耐えられなくなった私は、友人をそそのかして、逃亡を企てた。

生まれ故郷に逃げよう!

祖母と、頼もしい兄が二人、優しい姉も二人待っている留守宅のふるさと、

わが名護屋村。

愛するふるさと。

そこへ帰ろう、逃げ込もう!



生まれ故郷の、あの名護屋村に、飛んで帰ろう!

逃げるのは、そこしかなかった・・・。

後輩の天君と逃亡を決行したが、夜の山道はとてつもなく暗く、

文字通り、昭和31年ころの田舎の山の中は

月も出ていないので、全くの漆黒の闇だった。


誰にも見られず、逃げるには絶好の夜ではあったが・・・。




結果的には、

生まれ故郷で、

おぞましいリンチに合うことにつながって行くのだ・・・。


ズル休みしても、

奇妙な経験だったことは間違いない。

誰もが経験する、あのワクワクするような、

奇妙な感じ、待ちに待った小学校ではなかった。

私は、7年間生まれ育った肥前名護屋村えに入り、

生まれて初めてスキーを
教えてもらった。

山に生えている孟宗竹を切り倒して、
囲炉裏の火にかざし、
カーブを付けてお手製の、しかし見事なスキー板を先輩たちは
いとも簡単に
造る!

父の転勤先が当時ほ七山村といい、平家の落人が逃れて作った隠れ家が

そもそもの始まりだという村。

そういえば、秋祭りは、

異常に盛大で、その資金は一体どこから拠出されるのだろう?と子供ながらに

不思議だった。

答えは

しばらくしてから

むらの長老の口から発せられた。

『七山村は、背振り山地の懐ふかく、天山と背振を背中に

 豊富な水量と豊かな古来からの土壌に恵まれ、
 
 天候は最高、これはもう、木々という木々、

その中でも、樹木の宝、杉と檜の森林が延々と、

それこそ見渡す限り、まったく果てしなく広がり、

富士の裾野もこれほどかと思わせるまでの

大森林。

鬱蒼と茂るこの森林を管理し、100年いや、300年、500年、1000年、
それ以上の
長いスパンで樹木を育む

いわば

地球の緑の守り神達の子孫が、私たちその者である!

というご託宣だった。

したがって、昭和24年から30年頃は、ちょうど朝鮮特需もあり、
七山村は、それはそれは資金豊富な、財産の有り余る豊かな村であった。

当時、北きゅ集でも、日田盆地並ぶ林業のメッカであり、その裕福なこと、
北九州でも一、二を争う。

これには

参った。

東松浦半島の突端、当時の名護屋村から父の転居先へ母、姉妹と合流したとき、

幼いながらも、

豊かさの違いをまざまざと見せつけられ、驚嘆したのを覚えている。

『小川がゆったり流れる花の咲き乱れる田園地帯。

 まるでお菓子で作ったような、ピンク色の洒落た三角の屋根をもつ
二階建ての開け放たれた
子供部屋からは、なんと、ピアノの音色。

それが

モーツアルトのピアノ小曲集の一節だったのを

何年もたってから思い出すのが

校長の三男坊だった

私の5,6才から9才ころまでの鮮烈な印象だった。

なにせ、昭和30年か31年の九州の山の中の村での出来事だったのだ。

これは

おませで有名だった?私にも

少なからず

ショックだった。

また、このピアノを奏でていた娘さんがとても綺麗で、

色はあくまでも白く、栗色の髪は長く、ほどよく手入れされ、お召になっている

エンジ色のワンピースがよく似合い、彼女の襟元の純白の丸い花柄の連なったフリルが、

えも言われず可愛く、純潔そのもの、

まぶしくて

私は

瞳が

潰れそうだった。

『おい、K! どこば見取るとか!』

パーンと頭のてっぺんを叩かれた私は

ふっとわれに帰った。

(夢じゃない・・・)

彼女と

意外な場所で、

意外な時間に

意外な状況で

ばったり合うようになろうとは、

想像もできず、

ただ

『夢のまた夢・・・』と表現するしかなかった・・・。

彼女は、

美人3姉妹の長女で、私と同年だった・・・。

しかも、父親の職業は教師で、私の父とほぼ同じ。

違うのは、彼女のほうが驚くほどお金持ちで、代々医者の家系、

母上は、つまり医者の娘だった。

どうりで、

あんなご時世に

ピアノをさりげなく持ち、それもグランドピアノ!

さらに、家庭教師を何人も雇っていた。

ピアノの先生、勉学の先生、体育のアドバイザー、

水彩画のせんせい・・・。

しかも、3人の女の子全部に別々の家庭教師が付いていた。

たしか、真ん中の女の子は、フルートを習っていたような気がする・・・。


閑話休題。

よくもまあ、
あんな
だれもが貧しく慎ましく生きていた時代に、
これほどの贅沢三昧ができるというのは、
ある種の
階級闘争に目覚める少年のトラウマとなっていたに違いない。

現在でも

これほど豊かな家庭はそうはいないであろう。

家の周りは

見渡す限りの!
色とりどりの花が咲き乱れる

広大なお花畑で、そこには小川が揺蕩い(たゆたい)、軽井沢のような白樺林もあるのだ。

おとぎの国のピンク色のお城の家からさほど遠くない場所に、なだらかに横たわる
緑の絨毯のような、手入れの行き届いた、ゆたかな牧場には
白馬もいて、黒鹿毛の馬も走り回っていた。

そうだった。

彼女の家は

牧場も経営していて、カウボーイ達が大勢いたのだ・・・。

その牧場には、躾のいい、可愛いポニーがいつも数頭遊んでいた。

彼女達はピアノやフルートなどのレッスンに飽きると、

執事が運転する馬車に乗って、

ポニーたちが待っている牧場へとピクニックにお出ましになるのだ。

これには

参った。

とことん参った。

なぜ?

なにゆえ?

同じ人間なのに、かたや毎日ひもじくて、決して豊かではない我が家にまで、

一掬の水と米をもらうため、盲目のバイオリン弾きの父と

汗の滴る猛暑の北九州地方を徒歩で歩き続ける裸足の女の子。

その子の

posted by 悪を切る父ちゃん at 16:48| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

さりげなく語ろう。長年お世話になった義兄は胃がんで3分の2を切除。ショックは隠せない。

さりげなく語ろう。

その①

長年お世話になった義兄は、

二軒目の船員病院で、なんと胃がんと宣告され、
姉は気絶寸前になった・・・。

心臓が高鳴り、

自分まで

重病になってしまうのではないかと

畏れおののいたという。

最初の病院は

詰まるところ、誤診!

なんということか、3ヶ月ほどは

がんの治療は全く施されなかったのだ。

私も実は同じような診断を受け、生死の境をさ迷った体験がある。

義兄はその病院に入院するなり、いきなり、開腹手術。
胃を切り取った。胃を3分の2も切除。がんだと言われ、すぐに手術。
このショックで、60キロあった体重は今や36キロになり、
昨日お見舞いに東戸塚の自宅に行き、義兄に会った。

義兄は、まるで骸骨みたいだった。

さりげなく、

さりげなく。

退院、おめでとうございます。

とにかく

よかったですね。

一時は

義兄さんは

もう、これっきりあえなくなってしまうのでは?

いろいろと考えると、もう、居てもも立っても居られなくなり、
はるか千葉の佐倉市から、東京を横断し、横浜の保土ヶ谷区まで
電車を乗り継ぎ、駆けつけました。

さりげなく、

具合はいかがですか?

と聞く。

『麻雀がやりたい!』

という思いがけない返事に私も姉も驚きを隠せませんでした・・・。

posted by 悪を切る父ちゃん at 15:44| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年06月13日

慶応と東洋大学、決勝戦はサヨナラだった大学野球選手権

慶応大学と東洋大学、がップり四つの見ごたえある決勝戦は、
慶応には無慈悲なサヨナラゲームだった。

大学野球選手権は、
これほど面白いにも拘わらず、
応援席は
慶応と
東洋の
関係者だけで
外野はガラガラ。
さびしい限りだった。

それでも両チームの選手達は
素晴らしい全力プレーmファインプレーで
全国の大学野球ファンを喜ばせてくれた。

特に、
慶応の敗戦投手となった選手は、
すがすがしい
笑顔をみせて
スポーツマンシップの極地をみせてくれた。

よくやった
慶応と東洋。

また前年度の覇者、東洋大学は、足にアクシデントを起こし、
激痛に顔をゆがめながらも
最後まで投げぬき
完投した選手の根性と粘りもあって、
慶応を打っちゃり、
全日本大学野球選手権を二連覇するという
圧巻を成し遂げた。

この東洋大学は、世界大会へ行っても
相当活躍できると確信した。

それは
チームがよくまとまり、
エースを全員で支えあっている好チームで
数々のピンチをも乗り超えてきた歴戦の兵(つわもの)だからだ。

東洋大学、日本一二連覇、おめでとう!

次はアジアナンバーワン。

そして
世界制覇。

また慶応もよくがんばった。

難関大学であるのに、全員おごらず、本当に謙虚で
優秀な学生が見事なチームワークを見せ、
全日本準優勝の偉業を成し遂げた。

ただ
相手が一枚も二枚も上だった。

好機には
必ず打つ!

その技術というか、ど根性が東洋には染み出ていた。

昨年の
日本一になるまでには
相当の茨の道を歩いて来たに違いない。

来年は
慶応に期待したい。

この大舞台で、一打勝ち越しという絶好のチャンスに、あのプロも注目する4番伊藤選手が、
期待に応えられなかった。
力みすぎて、伊藤選手は、折角のチャンスに打てなかった。

そういうものだろう。

日本一になるのは、

その差なのだろう。

白球にしがみつく。

そのど根性か?
慶応に足りなかったものは。

ともかく、負けても準優勝だ。

おめでとう、慶応義塾大学野球部!!
また応援団と神宮まで足を運ばれ慶応を応援して戴いた熱烈な慶応ファンの皆さん、
そしてテレビにかじりついて慶応を応援した涙の全国のファンの方々、
慶応塾長清家氏に代わり、
熱く御礼を申し上げます。

来年は必ず、

わが慶応が

大学野球選手権の覇者となります。

日本一となります。


慶応ファンの一員として、最後に一言。

慶応よ
夢を有難う!!
posted by 悪を切る父ちゃん at 05:38| 千葉 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年06月07日

信頼できるハウスメーカー藤和ハウスのセレシスのご案内

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posted by 悪を切る父ちゃん at 12:33| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

アンケートに答えるだけで高性能空気清浄機【プラズマクラスター】が当たる!

『プラズマ系の空気清浄機』
としては、
これ以上高性能な、すごいものは、今のところ見当たりません。

とにかくアンケートに答えてみてください。


アンケートに答えるだけで、

『プラズマクラスター
 空気清浄機』が当たります!

こちらです。

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posted by 悪を切る父ちゃん at 11:44| 千葉 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする