2011年01月31日

サッカーの醍醐味!李選手の値千金のシュートを見て・・・

やったね!
ザック李ジャパン!
アジアの名手が盟主になった時・・・
posted by 悪を切る父ちゃん at 00:40| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月21日

今回の芥川賞・直木賞、いづれもあっと驚いた・・・。美女と野獣がペアできれいに並んだから・・・

今回の芥川賞・直木賞、いずれもあっと驚いた方は
相当いらしたのでは?
なにせ、両賞の受賞者達が、まるで絵に描いたように
「美女と野獣」がペアできれいに並んだから・・・

ああ、
なんということ!商業ジャーナリズムもここまできたか!
とため息をつくのは
早すぎた。
それだけではないのだ。
芥川賞始まって以来の前科者の受賞?

というのも、今回芥川賞を受賞した作家の西村賢太さんは、学歴は、
なんと中卒。もうひとりの受賞者、朝吹さんが
慶応大学大学院生というので、このアンバランスは、
芥川賞の主催者に仕組まれたような錯覚に陥る。
あの高名なるフランス文学者、翻訳者たる朝吹登美子さんは
彼女の大叔母というから、もう、恐れいる。
朝吹さんの祖父、父も文学者で、血筋は素晴らしい。
今後を嘱望される、有り余る、輝ける才能をもち、朝吹さんは、
かくして、世に出るべくして出てきた。
慶應義塾大学の大学院生というのが嬉しい。
三田文学も
彼女のような存在を擁すべく、神聖なる目標を掲げて
壱から出直す好機ではないか?

三田文学創刊100周年の昨年は
新人賞選考の裏側をネット、おもに2チャンネルで暴露され、
編集長ほか、スタッフは
完膚なきまでに叩きのめされたはず。

あれからどうなったのか?
三田文学は。

芥川賞に引けをとらない、そんな格調高い文学賞に
三田文学新人賞を作り上げるべき時のときが来たような気がする。


大輪の薔薇か芍薬、はたまた
日本文学界の救世主になるのかもしれない、そんな
天才作家の片鱗を見せ、その美貌とともに
マスコミに颯爽と搭乗した朝吹さんは、描き方が、従前の作家達とは、
まったく違う。

芸術に限りなく近い、作品。それが朝吹さんの強みだ。
だれにもまれが出来ない。そんな、日本の階級でもかなり上質の
文学セレブと、その対極である、
貧乏フリーターで友人もいない、しかも親子とも逮捕歴あり、
そんなこわもての作家。

「友達が一人もいない」などと語った会見での様子が、
ネットで大人気となり、
2ちゃんねるには「ダメっぷりに親近感が湧く」といった書き込みが
非常に多く、目立っているという。
本屋さんへ行こう!

posted by 悪を切る父ちゃん at 02:59| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月16日

センター試験が終わって・・・

大学入試センター試験が終わって、
日本各地で
各家庭では、ほっとしたご両親が多かったのでは?

大雪や暴風雨で
新幹線が遅延したり、あるいは、
腹痛や風邪に悩まされ、
実力の半分も発揮出せず、悔し涙で
自分の勉強部屋が
プールのように水で溢れてしまい、近所から
119番に通報がいったり。

そんな
各地の悲喜こもごも。

それにしても、
我が家の
娘は
よくやった・・・

超難関大学といえば、この日本には、ただの一校しかない。
それは
東京大学。

だれもが畏敬の念を抱くのは、その優秀な頭脳にではない。
血の出るような
汗と涙のしみこんだ努力と辛抱のつまった
濃密な時間を彼や彼女が注ぎ込んだその
行動、行為が
神々しいまでに
尊く思えるからだろう。

だれにもまねのできるものではない。

だからこそ、
すべての誘惑を振り切って
あたかも修行僧のごとく、自らの欲望をほとんど絶って
わが目標を突き進む、
その姿こそ、
凡人に感動を与えるのだ。

たかが大学入試。
されど
大学入試。
今年は不景気のためもあって、センター試験には
55万8千人もの受験者が殺到した。
そのなかで、トップの3千人が
頂点に立つ。
それが
東京大学合格者・・・。

その血の気も引くような
大学入試への
精神というか、
死をも厭わない、勇士のような戦い振りに、全国の受験者たちは、
脱帽して敬意を表するのだ。

東大生に。

posted by 悪を切る父ちゃん at 18:16| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

やはり出てきた菅政権の切り札、与謝野氏に国民は期待膨らむ。

やはり出てきた菅政権の切り札、与謝野氏。
閣僚経験が長く、財務税務その他に詳しくかつ実力十分。
与謝野氏のこれまでの
政治的経験の豊富さ、
および、日本国内はもとより、海外の政財界に散らばる数多くの人脈、
そして
類まれなる勉強家。

日本の政界で
これほど真面目で優秀な政治家はいない。

それにつけても、民主党には人材がいないのかな。まともな政治家は?

ただ、満を持して国民の前に登場したはずの民主党も、
政権をこうまで簡単に奪取できるとは、思っていなかったのだろう。

小沢一郎をなんとも出来ない民主党。
既に、国民の8割は、民主党が内部抗争状態にあり、内紛が深く静かに潜行していると看做している。
組織内に、内部崩壊の芽がいくつも伸びだしてきた。
雨後のたけのこのように。

それだからこそ、与謝野氏の実力に、国民は期待膨らむ。



posted by 悪を切る父ちゃん at 01:08| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月13日

センター試験が近づいたが、悲喜こもごもの合格発表は・・・。

1月15日と
16日のセンター試験が近づいたが、
受験生も親もこの一年は
一生忘れられない。
なにはともあれ、
早稲田の人気がかなり高い。
斎藤祐樹、ゆうちゃん効果か?

結果は私立が2月初旬から下旬にかけて、
次次に明らかになるが、
滑り止めに受ける大学に入学金やその他を
払うことで
家族の間で意見が分かれる。

しかし、入試は水物。
それにしても、いつまでも
大学入試は真冬にやるのだろうか?

資金の豊かな家庭の子は、
真冬にも、十分すぎる入試対策をとり、たとえば、
ホテルを受験する大学の傍に予約したり・・・。

さて、悲喜こもごもの合格発表は・・・。どんな結果が待っているのか?




posted by 悪を切る父ちゃん at 16:14| 千葉 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月10日

成人式の怖い思い出 その2

成人式の怖い思い出  その2

青春って
ほろ苦い

青春って本当に
残酷

青春って
夢物語

青春って
ないほうがいい

やはり成人式の前は
悲しい思い出のいっぱいつまった青春時代が
思い起こされ
いまだに
涙ながさずには
語れない

そのときも雪。

寒い
どんよりとしたある日、
私は
彼女に
会いに行った。

みぞれが降り出していた。

それから、いつの頃からか、粉雪が舞っていた

それは、次第にボタン雪にかわり。

わたしが
彼女の家から
逃げるように出て
国道を歩き
バス停に向かう時は、辺りは見渡す限りの銀世界。

何もかもが、真っ白だった。私の心も・・・。

最終バスの時間が迫っていた。
ふたりには
もう
時間は残されていなかった。

彼女は私を見送っては来たが、
その顔には、

『さようなら。永遠に・・・』の文字が浮かび上がっていた。

彼女の差してきた傘と慌てて羽織ってきたコートが
真っ赤で、
私は
思わず
涙が
こぼれた。

16歳の時、同じような別れを経験したことを、この時、
ふっと
思い出していた。
あの時は
辛かった。
本当に
辛く、
思い出したくなかった・・・。

青春は
忘れ物。

私は、17歳にしてある女性を好きになった。
毎晩のように苦しみ続け、
ある日、思い切って、思いのたけを彼女にぶつける為に私は
バスに乗った・・・。

思いがけず、彼女の母も、彼女も、暖かく、玄関で私を歓待し、
二階にある彼女の部屋に通した。

まさか。

彼女の細く引き締まった足首を見ないように
しながら
階段を上がる私の胸は猛烈に震えていた。

(何を期待できるというのだ?)

階下には両親が待機?しているというのに。
 
彼女の活躍した高校の運動会を思い出した。

友人のYと彼女を探しに来て、周囲をきょろきょろしていた私。
誰かが、私の肩を軽くポンと叩いた。
振り返ると、真っ白ショートパンツと体操服の彼女が、
いたづらっぽく笑って、アンカーに隠れるようにしゃがんでいた。
明らかに私に好意を持っていた。
「これから走るのよ」
ピストルが鳴り、彼女はダッシュし、あっという間に100メートルを
軽く疾走し、ぶっちぎりでテープを切った。
思わず、私は彼女の肢体に目がくらんだ。

「すげえ早いなあ」
Yは舌を巻いた。

運動会の前に私達は文化祭で出会った。

高校3年の私と文芸部長のYは、女子高校の秋の文化祭に何故か招待され、
文芸部の教室で、彼女と遭ったわたしは、電気が走った。

ひとめぼれ

そうだったのかもしれない。

これが、
この遭遇が、
思いもよらない
人生の反転の巨大な歯車に巻き込まれて
私の運命が転がっていくのだった・・・。

何処へって?

地獄の入り口。

電気の走った私は、もう周囲は見えない。
文芸部の展示室を訪れる他の見学者達や高校生のグループにはかまわず、
私は彼女との会話に夢中になった。
話題の中心は
【三島由紀夫と大江健三郎】だった。
私はたぶん口角泡を飛ばし、口元をパンフで押さえて笑い転げる
彼女に
ぞっこんで天にも昇る気分だったのだ。

長い間、求め続けてきたひとが
目の前に現れてきたのだ。

神の悪戯だったのかもしれない。
今思えば。
45年もたって
ようやく
意味がわかってきた。
私と彼女は、その時が
その時こそが

至福の時だったのだ。


それ以上のものは
ない。

それ以上のことを
欲してはならなかった・・・。

おそらく、彼女との文芸部の教室で遭遇したその日から
ととえ50年たっても、100年が過ぎても、
私の青春の蹉跌が
この時にあったことを
私も彼女ももし、生きていれば、生き続けていれば、
ただ
ひたすら
悲しむしかないのだろう・・・。

そのとき、
ふたりは
こころと心が溶け合いすべてを赦しあったのだから
いっそ
その場で
心中すれば
よかったのだ

そうしなかった。

そうできるわけがない。

そんなことが
できるわけもない。

彼女には
彼女の夢があり希望があり、輝けるかどうかはわからないが、豊かな将来が待っていた。

もちろん
私にも
17歳の私にも、頭の中で想像できるだけの夢と希望と、限りない未来が
待ち受けている筈だった。

舞台は
出来すぎていた。

今思えば、なんてことはない、面映いが、
どうやら、死語となった感のある、いわゆる、【プラトニックラブ】の始まりだったのだ。

ふたりは
決して
結ばれることはない。
このふたりが、肉体的に結ばれることなんて、これっぽちもなかったのだ。
それが運命。
宿命でさえあった。
肉体関係・・・ああ、なんて厭らしい言葉。その対極がプラトニックラブ。

彼は、哀れにも。プラトニックに溺れてしまった。

カミュの【異邦人】と【質屋】
東横線の沿線で白がつく駅の近くにあった小さな古い映画館で
偶然にも
彼は
この二本の旧作を観る。

彼は質屋のカウンターにあった千枚通しに
自分の掌を押し付け孔を穿とうともがく主人公に
己の姿をダブらせた。

「助けてちょうだい!」と遠く京都から手紙で訴えてくる彼女。

貧しかった彼には、横浜から京都までの片道の新幹線代もなかった・・・。

それほど
彼は
貧しかった。
当時s在籍していたその大学で、彼ほど貧乏なというか
赤貧な学生はひとりもいなかった。
下着がワイシャツの袖からはみ出していたくらい、
彼は
恥ずかしいほど
金がなかった。
しかも
彼の合格した大学は、古臭い言葉で言えば、
「ブルジョワジー」の権化であり、資本主義の牙城、支配階級の卵を世に排出する
超エリート大学だった。

彼は入学早々、ある事件で、自分の身分、分際を思い知らされることになった。

そのときは、決して逃れられない、後にも先にも行けない、どんづまりの状態にあった。
そういう意味で、彼の運命は、すでに決まっていたのだ。

「学生運動」

このおぞましい、4語。

この言葉のもと、身の毛のよだつ現場を見ることになろうとは、
思いもしなかった。
いや、何も知らないからこそ、彼は、またまた、地獄門へ
連れて行かれたのだ。

「学生運動」

なんて耽美な響き!

北部九州の寒村から、笈を背負って上京した世間知らずのぼんぼんには、
甘酸っぱい誘惑の匂う言葉だった!

恐ろしいことに。

無知ということほど
この世に
恐ろしいものはない。

「学生運動」

(その中に入れば、俺はきっと自由になれる。)

彼女に振られ、世間にふられ、親兄弟や親戚にも嫌われ、友人は去っていった。
そんな彼に、飼っていた一羽の小鳥までもが
餓死していた・・・。

たったこれだけ。
たったこれだけの理由で、彼は、自分の人生を見捨てた。

もう、いい子ぶるのはやめよう。

自分がやりたいようにやろう!
命は惜しくはない。

そう決断した頃、
大学の図書館のロビーにある掲示板に一枚の張り紙。

読んで驚いた。偶然にも、自分が進もうとしていたものだったからだ。

神は
時々
いたずらをなさる・・・。

それは、
「三島由紀夫が主催する『盾の会の会員募集』」の張り紙だったのだ。

長い間、
その張り紙を見つめていたが、決断できなかった。

それほどまでに、彼は一命を国家に捧げようとは思ってもいなかった。
ただ三島由紀夫のようになりたかった。
それだけだったのだ。

  彼が、

「三島由紀夫、割腹自殺!」

この超特大の号外の真っ黒い見出しを目にしたのは
それからあまり日がたっていなかった。
もし、彼が「盾の会」に入門していたら、三島の首を切り落とした森田を、
あの剣の達人の森田を
止められただろうか?

 もしも、彼がそのとき、「盾の会」に入っていたら?

歴史に名を残していたかもしれない。

「三島を殺した男を殺した男、K」
という新聞の見出しで。
所詮、その程度の命でしかないのだ。

 また、さきの場面にもどる。


彼は、大学のあるセクトの陰謀にはまり、ノンポリから
活動家に一夜で仕立て上げられた。

「セクト」や「恫喝」なんて言葉さえも知らなかった彼が、
一夜明けたら、
「活動家K」に変貌していたのだ。

これは恐怖だった。
まずどこにも逃げられない。
なにかの理由で、
そう、
「このセクトに入ったのは間違いでした。
 私の感違いでした。すみません。やめさせてください。いえ、やめます。
 ここから出て行きます」

なんてあほみたいな理由で脱退しようとするものなら、
リンチされて、挙句の果てに、本当に殺される。

そうしないと、彼らが「殲滅」されるのだ。
敵もしくは内部に。
内部?そう、スパイ網が張り巡らされていて
誰も信用できない。
そういう組織。

だから、日本全国何処まで行っても、逃げ出そうものなら、
どこまでも追ってくる。スパイと思われたのでは、もう、逃げるところはない。
全国津々浦々、たとえ、3000メートルの急峻な山の中でも、どこまでも
彼らは追い詰め、逮捕し、監禁し、痛めつける。
「げろ」するまで。
彼らは、隅々まで、組織があるのだ。暴力団より、怖いかも知れない。

(義理人情が出てくる組織ではないから、物理的に始末する!)

  気の弱い彼が、セクトの上層部から受けた命令は、
なんと、
「目の前の男女を殺せ!」だった。

しかも、相手は隣の部屋で、くんずほぐれず絡み合って、あえぎ声を出しているのだ。
この男女をどちらも殺せという命令を、彼をセクトに勧誘したIから、彼は直接受けていた。

この男女は文学サークルの仲間で、多少の付き合いもあった。

それを殺せるものか?

こんなことは
日常茶飯事だった、
あの頃。

1968年から1970年。
日本中を、「絶対悪魔」が支配し、善良な若者を地獄に落とした
疾風怒涛の頃。

だからこそ、彼もまた、彼らと同じように、地獄の入り口に立たされるような苦しみを
味わうことになる。
それは、彼が、信じられないような世間知らず、とんでもないおっ坊ちゃんで、
しかも一文なしだったからだ。


比べるのはおこがましくも、本当に辛いが、
【嵐が丘】か、シェークスピアの悲劇を地で行くような
命を賭けた
青春の蹉跌の時のときだったのだ。

玄界灘

東シナ海

対馬海峡

朝鮮半島

東松浦半島

福岡、志賀島、土塁、元寇、文禄慶長の役、
大宰府、菅原道真、万葉集
辺境を守る兵士の詩。

万葉集と山上憶良と人民と大自然。

唐津、その唐津湾、虹の松原、また玄界灘。
遣唐使、遣隋使。フビライカン。モンゴル。中国。インド。
ヒマラヤ。

呼子と名護屋。天然の軍港、名護屋港、名護屋城、豊臣秀吉。


唐津の西の浜
潮騒のなか
夕焼けの浜辺
すぐ近くを掠める海鳥のつがい

意気投合したふたり。

(本当は、招かれざる客だったのかもしれない?)

青春を遠いところに封印してきた私は、
あるいは彼、彼女は、生涯その傷を負い続け、
決して癒されることはない。

忘れ物を取り返しに行った者は・・・?

続く。


posted by 悪を切る父ちゃん at 15:57| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

成人式。悲しい思い出・・・。

成人式。
一生に一度きりなのに、忘れられない
悲しい思い出・・・。

めぐりめぐって
ひとは
そこの沼地から
抜け出せないのかも知れない。

posted by 悪を切る父ちゃん at 03:22| 千葉 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

国会議員ふたりと会って話したこと

去年のあるパーティで紹介された若手の国会議員ふたり、
衆議院議員2年生と
参議院議員1年生と会って話したこと。
この国は
今、当然ながら沈没寸前の泥舟に陥っている。
よって
大鉈を振って政治改革を断行しなければならない。

そこまでは
だれもが言っていること。
それから先の話が見えなかった。

あの小沢代議士に、さすがに新人の国会議員である。
両人とも相当な遠慮をして、
政治と金の話題になると、
とたんに声が小さくなり、それまで鋭かった舌鋒が、
あれよあれよというまに鈍ってしまった。

これでは
若手政治家は育たない。
思い切った改革を断行できる実力議員になるには、
がんであると言える。
言うのは簡単。誰でも言えること。
大切なのは、
この国を私物化してふんぞり返っているがんを
取り除くこと。
そこからようやくこの国の未来が見えてくるのだ。

それにしても、きらきらと輝いているよ、今の若い代議士達は。
思う存分実力を発揮してもらうように、年長者たる私達は、
何がしかのものを拠出して、精一杯、彼らを応援しなくては。
日本と日本の子供達の将来のために。

posted by 悪を切る父ちゃん at 13:13| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月05日

エストニア、17番目のユーロ導入国に。

エストニアが
17番目の
ユーロ導入国となったが
果たして
健全な財政状態を維持できるのかどうか?
はなはだ
疑問である。



posted by 悪を切る父ちゃん at 05:34| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

今年こそはと意気込んでみたけど・・・

今年こそはと意気込んでみたけど・・・

もう
1月5日なのです。

元日から
4日過ぎて、
構想は練ったものの
雑用にかまけて
原稿用紙に
筆をおろすいとまもなかったのです・・・。

作品を仕上げる、
完成させるという作業は、
生半可なことでは出来ません。

どこかへ
時空を超えて
それこそ
無意識の世界へ
自らを連れ込んでいき、無念無想の境地にまで
己の
精神を
高めない限り、
この夢は
おそらく
100年かかっても
潰えてしまうのだ・・・。

そう思うと
悲しい。
posted by 悪を切る父ちゃん at 05:17| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする

2011年01月04日

DVD借りてきて、家族でアバターや2012をみた・・・。

あのTUTAYAに行って、
新作も含めて5本ものDVD借りてきて、
家族みんなで『アバター】や『2012】をみた・・・。
posted by 悪を切る父ちゃん at 19:30| 千葉 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | 更新情報をチェックする